核戦争を皆で生き延びるために

2025年1月5日 藤巻晴行 (2022年4月23日版)

要約
  • 米露全面核戦争の際には日本にも数十発の核弾頭が着弾すると予想されるが、被災面積は国土の1%程度であり、事前に疎開と地下避難がなされていれば死傷者は桁違いに抑えられる
  • 核の冬に備えて3年分の食料と冷涼性作物の種の備蓄が必要
  • 核保有国に廃棄の外交圧力を

 1987年の中距離核戦力全廃条約(INF)調印以来、核戦争の危険は大きく下がり、基本的にそれをおそれなくてよい35年間を過ごしてきましたが、米中間の対立の高まりや北朝鮮の核武装に加え、ウクライナ侵略でプーチン大統領が核兵器による威嚇を西側に対して行ったことで核戦争の危険が一気に高まっています。もちろん前の冷戦がそうであったように理性と妥協により核戦争に至る前に緊張が緩和するか独裁政権が崩壊する可能性の方がはるかに高いわけですが、それでもやはり核戦争への備えを進めるべきだと思います。過去30年の日本の風水害による死者は年平均64人、地震と津波が年平均1170人でした。いずれも死者の200倍の被災者がいたものと推定すると、年間の被災率は風水害が0.01%、地震と津波が0.19%で、80年間に一度でも被災する確率は水害が1%と地震と津波が14%程度です。それでも数十兆円の費用をかけて時には避難訓練までして備えています。今のような世界が続けば日本が核攻撃を受けるリスクは地震と津波程度の被災確率くらいはあるのではないでしょうか。
 非現実的だ、杞憂だと思われるかもしれません。しかし、そう思うのは正常性バイアスでないと言い切れるでしょうか。本気で核ミサイル攻撃を受けるおそれがあると政府が判断しているからこそ2004年以降これまでに2兆5296億円もかけてミサイル防衛システム(BMD)を整備してきたはずです。
 BMDはしかし、そこまで費用をかけても通常弾頭と核弾頭を区別できないため、命中率が仮に50%だとしても同時に9倍の通常弾頭ミサイルが発射された(囮率90%の)場合、95%打ち洩らします。64基のSM-3と48基のPAC3で落とせる核ミサイルは6発前後で、変則軌道極超音速ミサイルや太平洋側からの潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)に対してはさらに命中率が下がります。1発の核弾頭(250kt)による直接的経済的損失が4兆円とすると、約2.5兆円の投資で約24兆円の経済的損失と幾多の人命損失を防げるのであれば今後も整備を進めるべきなのかもしれませんが、打ち洩らしに伴う着弾は必ずあると考えて、少なくとも年間1兆円(GDPの0.2%)以上を以下に記す諸対策に投じるべきです。

直接的被害をどう軽減するか

想定される核攻撃

 現在、我が国に向けられている核弾頭が何発なのか、何処が狙われるか、その威力はTNT換算で何ktなのかは最高機密で知るすべはありませんが、相手の身になって考えればある程度見当がつきます。ロシアは6255発保有していますが、アメリカとその同盟国に対して、核兵器配備数の比率と軍事費の比率の算術平均が配分されたとすると、日本に向けられるのは115発となります。さらに整備不良や第一撃による損失、BMDと(戦略爆撃器の場合)戦闘機による迎撃と地対空ミサイルをかいくぐって着弾し核爆発し得るのは半数程度と予想できます。ロシアの暴走の際に中国と北朝鮮がどう動くかはなかなか読めませんが、仮にアメリカがロシアによる核攻撃による大打撃の後の無傷の中国による覇権を危険視し、予防的に核攻撃を行った場合には中国も当然参戦するでしょう。国境を接するロシアこそ、大打撃を受けた後に人口もGDPも10倍の中国に国土の大半を占領されることを恐れ、中国に東の海上から核攻撃を仕掛け、中国がアメリカからの核攻撃と誤認して参戦するシナリオも有り得ます。中国の保有数は600発と推定されていますが、これも中国の仮想敵国を米、日、韓、台、越、印として上記と同様の考えで配分すると日本には15発向けられ、整備状態もよく、第一撃を逃れた2/3の10発程度は着弾するおそれがあるでしょう。ロシアも中国も攻撃目標の分担はしないでしょうから、優先度の高い目標に、重複して着弾するでしょう。千歳、三沢、横田、厚木、横須賀、岩国、佐世保、普天間、嘉手納のような核攻撃機の出撃拠点となりうる米軍航空基地や軍港は中露それぞれから核攻撃を受ける可能性が高いです。ロシアからの60発がどこに落ちるかですが、
  1. 在日米軍基地(上記にキャンプ座間、キャンプコートニーなど8ヶ所のキャンプを加えた計17ヶ所)
  2. 航空自衛隊の基地(米軍基地と共用していない松島、熊谷、小松、百里、入間、立川、府中、目黒、静浜、浜松、岐阜、奈良、美保、防府北、防府南、芦屋、築城、新田原、那覇の19ヶ所)
  3. 石油コンビナート(千葉、川崎、鹿島、知多、四日市、堺・泉北、倉敷・水島、周南、大分の9ヶ所)
  4. 海上自衛隊の基地(米軍基地と共用していない27ヶ所)
  5. 原子力発電所(17ヶ所)
以上で89ヶ所になります。中国もおそらく上記の順で目標を設定するでしょう。これは大都市より基地やコンビナートを攻撃対象として優先する、というやや希望的推測に基づいていますが、基地やコンビナートは都市部と隣接している場合が少なくないため、あえてオフィス街や住宅地を狙わなくても復興に数十年を要する十分な被害を与えられるためです。コンビナートは民間施設ですが、製油施設がなければ石油備蓄があったとしても渡洋攻撃に必要な燃料が確保できないため、優先的な攻撃目標となるでしょう。

人的被害軽減策

 短期的、直接的な人的被害はどこまで疎開ができているかにかかってます。ロシアのICBMの一般的な威力である250kt(広島型の16倍)の場合の建物破壊半径(≒殺傷半径)は4 km程度で、重複がない場合、60発による殺傷面積は国土の約0.8%で、意外と広くはありません。ですから、全面核戦争の危険が切迫している場合、予め攻撃目標となりうる基地や重工業地帯や大都市から10km以上離れた地方都市や農村部にいかに多くの人が疎開できるかで人的被害は桁違いに小さくできるはずです。自動車は核戦争後の世界でもなお高い価値を持ちうる貴重な財産であり、貴重品や衣服、食料も運べ、当面の寝泊まりの場所ともなりうるため、自動車による疎開移動を妨げるべきではなく、深刻な交通渋滞を防ぐためできるだけ早い移動を促すべきです。危機が収束するまでの数ヶ月間、疎開先でできるだけ平時に近い生活を送り生産活動が継続できるように、廃校や空き家をいつでも使えるように再生整備すべきでしょう。疎開できないエッセンシャルワーカーとその子供(乳幼児)は、警報が発出された場合、地下鉄、地下室、地下街、地下道に避難できれば熱線と爆風と初期放射線から免れられます。地下空間に数分以内にたどり着けない地域では保育園・幼稚園や公園に核シェルターを整備すべきです。津波や水害、土砂災害と同様、ハザードマップと避難場所マップの整備を進めるべきでしょう。

原子力発電所は攻撃されるか

直接的被害の大小に大きく影響するのが原発への攻撃です。原発に核兵器が命中した場合、核兵器そのものの数十倍〜数百倍の放射能が拡散し、仮に疎開できても生活可能な地域が大幅に縮小します。福島第一ではおよそ半径30km圏が、チェルノブイリでは50km圏が生活困難区域となりましたが、原子炉を覆う作業が何とか行えたそれらの事故と異なり、地表核爆発の場合、核燃料が数百mにわたり飛散するため、重度汚染域は半径100kmに及び、避難が間に合わず放射能による死亡も数十万人に上るでしょう。原発は民間施設で放射能汚染を全世界が多少なりとも受けるため、世界大戦時以外の状況で攻撃されることは考えにくいですが、
  1. 原発は化石燃料輸入が途絶した場合に再生可能エネルギーに並ぶ電力供給の主力となるため、それに打撃を与えられる
  2. 可住地、可耕地面積を大きく減らし、重大な混乱と損害を与えられる
  3. 全面核戦争時にはどの国が攻撃したか立証困難なため戦争責任も免れる
  4. 偏西風により放射能は西に拡散しないため、中露北いずれも日本からの放射能汚染はほとんど受けない
などの理由により、狙われる可能性は高いと思われます。ロシア軍から漏洩した機密資料でも東海原発が攻撃目標とされています。保有する核燃料を使い切った後、使用済み核燃料を速やかに地下深くに保管すべきです。新増設など論外です。

核の冬にどう備えるか

想定される気象変化とその影響の予測

各シナリオにおける日射量と気温の全球平均低下幅 (Xia et al., 2022)による
 疎開や地下への避難により熱線と爆風と初期放射線から免れてもそれで終わりではありません。Xiaら(2022)によれば、米露全面核戦争により3100〜4400発の100kt〜500ktの核弾頭が炸裂し、大火災に伴う強い上昇気流により150Tgの煤が成層圏に運び込まれて数年にわたって滞留するため、1年後の最低時の日射量は平年の3割程度まで減少し、平年への回復には約10年要し、その結果、全球平均で2度以上の低下が9年間続き、低下がピークとなる2〜4年後には耕地平均で約15度もの低下が予測されています。海に囲まれている日本は大幅な気温低下は大陸より1年遅れるものの、やはり全休平均に近い低下が予測されています。これにより米、トウモロコシ、サツマイモ、大豆などの夏作物は日本のような温帯地域では栽培できなくなり、農業生産が激減します。カロリー源は夏にかろうじて作れる、冷涼な気候でも栽培できるジャガイモやキャベツ、本来冬作物であるソラマメやニンニクやタマネギだけでしょう。カロリー、タンパク質ともに豊富な小麦は温度低下がピークとなる2〜4年後には夏でも結実しないでしょう。

求められる食料備蓄量

 きちんと備えないと国内のほとんどの人が餓死してしまいす。輸入は途絶し、国内のカロリー生産が3年後までほぼゼロになるものとして、まる3年分の食料を備蓄する必要があります。皆で生き残るために疎開推奨区域以外の各家庭で1年分、自治体と国でそれぞれ1年分備蓄すべきです。2200kcalのカロリーと60gのタンパク質を満たす1人1年分の食料は米80kgと小麦粉80kgと豆30kgと砂糖20kgと食用油4kgで計222kg(約271L)、素材だけであれば調達費用は約9万円であり、スペース的にも(一人あたり住居容積の0.5%程度で)無理ではありません。ただ、無駄にしないために公的備蓄の安価払い下げ品も含め常に(砂糖以外)3年経った食材を食べる必要があります。これが核兵器を廃絶できなかった21世紀の現実です。耕作放棄地でも米を栽培し、備蓄に充てる必要があります。足りない分は木材と雑草(セルロース)の糖化で補うしかないでしょう。国民が等しく最低限の栄養を摂取できるよう、食管制度や配給制度の法整備も不可欠です。

核の冬の間に可能な食料生産

 1160gのジャガイモ、230gの燕麦、620gのタマネギ、230gのキャベツ、70gのニンニクで2200kcalのカロリーと60gのタンパク質が摂取できます。面積あたり収穫量が減少しないと仮定してこの5種の作物で1億2650万人のカロリーとタンパク質を満たすのに栽培に必要な面積は約555万haで、日本の耕地面積430万haを超過します。北海道(114万ha)や東北(81万ha)、さらに冬型の気圧配置が常態化することから北陸(31万ha)でも栽培できないでしょうから、関東以南でゴルフ場や工場の敷地や校庭や公園をすべて耕地に転換しても足りず、山林の大規模な開墾が必要となるでしょう。早急に耕作放棄地でジャガイモを栽培し、約510万t(一人あたり40kg)のジャガイモの種芋を備蓄すべきです。当然、毎年大量に余ることになりますが、これは養豚・養鶏飼料に充てればよいでしょう。核の冬が明けた後に夏作物の栽培が再開できるよう種子の超長期貯蔵も必要で、栽培による種子の更新のために照明付きビニールハウスも補助金により今(耕地の約1%)の倍程度に拡大すべきでしょう。

エネルギー供給

 暖房需要が大幅に増加するため、エネルギーの確保も大きな課題です。原発が破壊されるかどうかはわかりませんが、輸入が途絶するため火力発電がバイオマスを除きほとんどできません。降水量が減るとともに11月から5月にかけては凍結するため、多くの水力発電所が機能しません。太陽光発電も4年後までは半減します。発電力の維持が期待できるのは風力と地熱だけです。したがって、長期的には太陽光、風力、地熱発電と蓄電容量の増加が不可欠ですし、薪ストーブ、ペレットストーブ、薪ボイラーの普及も図るべきです。

その他求められる対策

 発生確率は低くとも被害が激甚であることから、気候変動に対する研究と同程度の予算をかけて核の冬の予測をすべきです。また、核の冬への適応策すなわち各国で予測される気象条件の下で木材糖化を含めカロリー需要を確保するような研究を推進すべきでしょう。経済的被害の比率と長期化した疎開生活による経済損失を抑えるためにも地方衰退を食い止めるべきです。
 最後に、根本的な対策です。核の冬による飢餓や疎開生活の経済的損失を考えれば、たとえ先制攻撃や非保有国に対しては使わないにしても核兵器の使用は全人類に対する犯罪であり、日本は核兵器禁止条約に調印・批准して締約国と協力し、経済制裁を行ってでも保有国に対して廃棄の外交圧力をかけるべきです。

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