研究予算配分における「選択と集中」からの転換を

2024年5月15日 藤巻晴行

図1 (左)論文数シェアの推移 (右)Top10%補正論文数シェアの推移
「科学研究のベンチマーキング2023」P59より抜粋
要約
日本の論文シェアの低下は、個々の研究者の年間論文発表数が低下したためではなく、研究者(および研究時間)を諸外国ほど増やせていないためである。研究費と論文数の間にも収穫逓減則が成立している。若手研究者を増やすとともに、大型競争的資金を減らす代わりに運営費交付金の増額等を通じてより平等に研究費を配分することで、大きな追加的財政支出なしに論文数を増やすことが期待できる。




「日本の論文、影響力低下」

 日本の論文シェアの低下は既に何年も前から問題となっていますが、最近も日本の論文の影響力の低下が毎日新聞時事通信産経新聞等で報じられ、SNSでは嘆きの声が飛び交っています。 報道では紙面の制約からしばしば順位のみが論じられているので、もう少し詳しくみてみましょう。右の図は文部科学省の科学技術・学術政策研究所が発表した「科学研究のベンチマーキング2023」から転載したものです。 ここでいう「論文」とは、クラリベイト社の Web of Scienceに収録されている自然科学系(以下「理系」)の学術誌(いわゆるインパクト・ファクター付きの国際誌)で公開された論文(review含む、以下WoS論文)で、論文数は、共著者の人数で割った値を足し合わせたもの(分数カウント)です。 論文数シェアは中国の伸びが著しく、対照的に先進諸国は減らしています。今世紀始めからほぼ半減させているのは日本だけです。 「Top10%補正論文数」は、質の高さや注目度、影響力の大きさの指標とされて被引用回数が各分野の上位10%以内の論文の補正合計数です。残念ながらこのシェアは論文数のシェアよりも低く、問題とされています。これもやはり2001年をピークに減少を続けています。 しかし、個々の研究者の研究力が低下したのではなく、研究者数が諸外国ほど伸びていないためかもしれません。そこで、研究者数の推移をみてみます。

研究者一人あたりでは健闘するも伸びてはいない

 図2は各国の民間企業所属を除く研究者数の推移です。ここで、民間企業所属の研究者を除くのは、どの国も論文を発表している研究者の大半が大学もしくは公的研究機関の所属であるためです。 また、常勤換算(Full Time Equivalent)といって、研究に割り当てているおおよその時間割合(FTE係数)を乗じています。日本の国立大学教員では0.4程度とされています。 やはり中国の伸びが著しく、他の先進国ではゆるやかに増加していますが、日本だけがほぼ横ばいです。定員削減で徐々に教員数が減らされていることに加え、研究時間の低迷が響いています。 次に、研究者1人あたりの論文数を見てみましょう(図3)。ここに挙げた7カ国の中では中国と韓国以外はいずれもほぼ横ばいです。 日本もほぼ横ばいで、外部資金や研究時間の確保に苦労する中、意外と健闘していると言えるのではないでしょうか。 つまり、日本の論文シェアの低下は、個々の研究者の年間論文発表数が低下したためではなく、研究者(および研究時間)が諸外国ほど増やせていないためであることがわかります。 次に、研究者1人あたりの注目度の高い論文数(図4)を見てみましょう。やはり中韓以外の国では全体として横ばいですが、日本がもともと低い上に緩やかに(年1%程度)低下していることがわかります。それでも、シェアの低下ほどの急減ではなく、研究者1人あたりで見ればよく踏みとどまっていると言えなくもありません。 ここでも中国と韓国は順調に伸ばしており、学ぶべき点がありそうです。

厳しい財政のもとで日本が科学の発展により貢献するために

 ここまでシェアの低下をさんざん論じてきましたが、順位はもとよりシェアすらも巨額の税金を投じてまで伸ばすべき国家目標なのかと問われれば、なかなかそうだと主張できないでしょう。メダルの数を競うのと同様、煩悩の類です。 大事なことは、真理の探求と人類が直面する諸課題の解決に向け、日本が本来持てる力を発揮してどれだけ国力に見合った貢献ができるかでしょう。そのためにはまず研究者数、とりわけ若手研究者を増やす必要があります。2018年に文部科学省がまとめた「日本の研究力低下の主な経緯・構造的要因案」P35によると、 2001年の注目論文の著者の半数以上が当時研究者の3割程度を占めるに過ぎない40歳未満の若手研究者でした。 文科省の「研究大学における教員の雇用状況に関する調査」によると、大学の若手教員は2014年から2020年まで12%も減少しました。 また、研究時間を増やすことも常勤換算研究者数の増加に寄与します。研究時間を増やすためには業務の効率化はもちろんのこと、やはり教員や研究員を増やし、一人あたりの講義や運営業務の負担を減らす必要があります。 また、「選択と集中」「戦略的重点化」の方針のもと増えてきた採択率の低い大型予算への応募の書類作成の時間を減らすことも大切です。
 一人あたりでは健闘しているとはいえ、一人あたりの論文数や注目論文数が伸びていないのは事実です。これを増やすには、研究費の大幅増額が望まれますが、財政的に難しいことも理解できます。 財政的に難しいがゆえに成果の上がりそうな分野と研究者を選択して研究費を集中させてきたわけですが、 これがむしろ期待とは逆の結果をもたらしています。図5は少し古いデータになりますが、豊田長康 鈴鹿医療科学大学学長が収集したデータに基づき、 大規模国立大について研究費(=教員人件費×推定理系FTE係数+主要外部公的研究資金×0.8)と理系WoS論文年間発表数の関係を再プロットしたものです。両者は強く相関していますが、 その関係は直線的ではなく、上に凸の曲線で、研究費が増えるにつれ150億円以下であてはめた直線から乖離し、冪関数でよく表されます。この上に凸(冪指数 << 1)の冪乗関数は、研究費と論文産生の間にも収穫逓減則が働いていることを示しています。 研究費を論文数で割った「論文生産性」(右軸)でも研究費が増えるほど漸減していることがわかります。考えてみれば、どんなに優秀で要領が良くても労働時間には限りがあり、幾ら研究費をもらおうともそれに比例して論文を発表することはできない、というのは当然です。 図6は大学教員の主な外部資金である科学研究費補助金(科研)の大学ごとの総配分額と、科研で得られたと報告された年間WoS論文発表総数の関係をプロットしたものです。この関係もはやり上に凸で、(偶然にも同じ冪指数の)冪関数でよく表されました。 したがって、研究費と論文数の間にも収穫逓減則が成立しており、集中させるのではなく、減らされてきた運営費交付金の反転増額や科研基盤B,Cの採択率の向上などを通じてより平等に配分した方が日本全体の総論文発表数が増えるはずです。 もちろん、問題は論文数ではなく注目論文数だ、だから「選択と集中」が必要なのだ、という意見にも一理あるでしょう。 しかし、1000万円あたりのTop1%論文は、1件の額が桁違いに大きな基盤Sや基盤Aよりも、1件わずか数百万円の基盤Cの方が高い(P117)ことが既に明らかになっています。昨年、大きく報じられた筑波大学大庭良介准教授らの論文筑波大学大庭良介准教授らの論文も同様の結果を示しています。 また、総論文発表数が増えればそれにほぼ比例して注目論文数も増えるでしょう。注目論文数をより重視するのであれば、若手研究者が腰を据えて挑戦的な研究に取り組めるように任期のない安定雇用に務めるべきでしょう。

メール アイコン トップ アイコン